アダルトチルドレンは克服できるのか?

1歳になる前に育児放棄された私は、自慢じゃないけどバリバリのアダルトチルドレンでした。

母は未婚で私を産んだことを隠して、同じくシングルマザーだった祖母に私を預けて家を出て行きました。

幼稚園の頃までは月に1回くらい会いに来てくれたのですが、小学2年生頃になると電車に乗って片道1時間くらいかけて私が会いに行かないと会えなくなりました。

母は男の人と住んでいて、私はその人にあまり懐かなくて…

苦労して母に会いに行ってもお昼ご飯が出る訳でもなく、2時間くらいすると「もう帰らせろ」と言っているのが聞こえました。

また1時間くらいかけて祖母の家まで帰る道すがら、子ども心に「男の人に母をとられたんだ」と思いました。

そして「どうやったら母に愛して貰えるのか」を考えましたが、分かりませんでした。

確かなのは「自分は捨てられた」と言う事実です。

母はとても綺麗で、若くて華やかでいつまでも見ていたくなるような素敵な女性でした。

小学生だった私は母が恋しすぎて、母に会いたくて、会いたくて、会いたくて…

生霊になって母に憑いていたそうです。

もしろん生霊としての自覚は、まったくありません。

母が20代の頃、友達が占い師さんにみてもらいたいと言うので付き添いで付いで行った時に、母は何も話さないのに「あなたの腰の所に小学生くらいの女の子の生霊が付いている」と言われたそうです。

母は子どもがいることを友達に隠していたので、ごまかすのが大変だったそうですが、占い師さんから見えた生霊はドンピシャで私の容姿そのものだったそうです。

そんな生霊時代(?)を過ごした私は、霊感がある人に見られたら生霊だったことがバレてしまうのではないかとヒヤヒヤしたものです。

でも、大人になってからTVで「普通の人でも旅行で訪れたりして楽しかった場所に魂を飛ばすことが出来る」と言っていたのを聞いて安心しました。

 

恋しくて仕方が無かった母との関係ですが、中学校の入学に合わせて転機を迎えます。

母が男と別れたので一緒に住めることになったのです。

それまで祖母の家は貧乏で給食費が用意できない生活だったので、これでやっと幸せになれると思ったのですが、子どもを育てたことのない母は中学生の3年間の間に1度もご飯を作ってくれませんでした。

祖母はシングルマザーで、母も愛情のある家庭で育っていなかったために、母は育児と言うものがどんなものかわからなかったのです。

祖母は働いてお金を稼ぐのに精一杯で、食事は買ってきたもので済ませるのが当たり前だと思っていたのではないでしょうか。

負の連鎖です。

高校の入学に合わせて母が結婚したり、離婚したりしてさんざん振り回されたので、大学進学と言う理由で家を出ました。

 

おそらく母のことが恋しくて仕方なかったのは、母のことを良く知らない小学生の頃までだったと思います。

男に依存しやすくて、実の子どもよりも男との生活を選ぶ人でしたが、男を見る目が無くて、私が母の交際相手から性被害にあった件と、大手企業に就職したと分かったらお金の無心をして来たので連絡を絶っていた時期があります。

その頃は本当に母のことが大っ嫌いで、たびたび夫に向かって「私は母に育てられていないので絶対に母の老後の面倒は見ないから!」と泣きながら言っていたのを覚えています。

夫に母の本当の姿を話すのは恥だと感じていたし、「自分は母の様に男に依存する女にはならない」と決心していました。

ですが、母を結婚式に招待した時に母が交際相手の男から頬の骨が陥没する程のDVを受けていることを知り、少しずつ誤解が解けていきました。

そして母のことを助ける(夜逃げで逃がして匿う)ことにしました。

母のことを受け入れるには、母自身も大人にならなくてはいけません。

アダルトチルドレンの自覚がない(本人にその気がない)母を変えるのは大変で20年ほどかかりました。

 

私はアダルトチルドレンの専門家ではないのですが、子どものころの自分と対話をすることで、心理カウンセリングでアダルトチルドレンを克服することが出来ます。

それと、母の人生を辿ってみることも良いと思います。自分が母の人生だったらどう判断をしたのかを考えるのです。

母の人生が理解できて、子どもの頃の自分の気持ちが整理できて、やっと子どものままだった自分が大人になれた気がしました。

ちなみにアダルトチルドレンが抜けると人生がこんなにも楽しい物だったんだと気が付き、以前だったら100歳になっても思わなかった「産んでくれてありがとう」なんて気持ちが湧いてくるから不思議です。

セルフカウンセリングでしたので期間は半年くらいかかりましたが、今では母と普通に仲良く話すことが出来ます。